地震の日本史
第1回/地震考古学とは
寒川 旭(さんがわあきら)
独立行政法人産業技術総合研究所招聘研究員
地震学と考古学。一見、何の関係もなさそうな研究分野ですが、これを結びつけて誕生したのが「地震考古学」です。
私たちの住む日本列島では、いろんな場所で考古学の遺跡発掘調査が行われています。住居跡などの遺構や、茶碗・皿などの遺物が掘り出されており、現地見学会には多くの人たちが訪れて、歴史のロマンを満喫しています。
1986年の春、私は、琵琶湖の北西岸にある滋賀県高島市で行われていた遺跡発掘調査の現場で、偶然、大地震の証拠に出会いました。それは、地下に堆積した砂が、上を覆う地層を引き裂いて地面に流れ出した「噴砂」の痕跡でした。この遺跡は縄文時代から弥生時代にかけての集団墓地なので、噴砂に引き裂かれた墓と、噴砂が流れ出した後に置かれた墓の年代を比べることで、地震が起きた年代がわかりました。縄文時代の出来事ですから、もちろん、この地震に関する文字記録はありません。考古学の世界から、過去の地震を探ることに魅力を感じた私は、各地の遺跡で地震の痕跡を調べる研究を始めました。そして、1988年5月には「地震考古学」という名前を付けました。

遺跡の調査で最も多く見つかるのは「液状化現象」の痕跡です。この現象は1964年の新潟地震で鉄筋のビルが大きく傾いたことで注目を集めましたが、1978年の宮城県沖地震などでも大きな被害を与えています。そして、液状化現象が発生した時に、地下水と一緒に地面に流れ出す砂を噴砂といいます。地下に堆積した柔らかい砂の層では、砂粒の間に隙間があり、人が立っておれないくらい強く揺れると、隙間を小さくするように砂粒が動きます。この時に砂層が縮んで、隙間を満たしていた地下水が圧縮されます。水圧の高まった地下水は、天然の水鉄砲となって、上を覆う地層を引き裂きながら、砂を含んだまま地面に流れ出すのです(図参照)。
遺跡で噴砂などの地震痕跡が見つかると、年代のわかる遺構や遺物を基準にして地震の時期を絞り込むことができます。図では、噴砂に引き裂かれた地層の上部に「7世紀」、噴砂を覆う地層の下部に「8世紀」と書いています。仮に、このように、地層の年代がわかると、7世紀から8世紀にかけての年代に生じた大地震となります。
6月14日の岩手・宮城内陸地震では、多くの人たちが被害に遭われて、尊い命が失われました。地震から逃れられない宿命にある私たちの国土において、次週からは、「文字記録」と「地震痕跡」をもとにして、これまでに発生した様々な地震を振り返ってみます。
Profile

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寒川 旭(さんがわ あきら)氏
■プロフィール
1947年香川県生まれ。
東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)
通商産業省工業技術院地質調査所を経て現在は独立行政法人産業技術総合研究所招聘研究員。
専門は地震考古学、地震地質学
■主な著書
「地震考古学 遺跡が語る地震の歴史」中公新書1992(現在は中公文庫e版)
「発掘を科学する」(共著)岩波新書1994
「地震 なまずの活動史」大巧社2001
「地震の日本史 大地は何を語るのか」中公新書2007
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